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104話 ルシアンの交渉

last update آخر تحديث: 2025-04-03 09:13:35

――翌朝6時

朝早くからリカルドはルシアンの部屋に呼び出しを受けていた。

「ルシアン様、こんなに朝早くから呼び出しとは一体どの様な御要件でしょうか?」

スーツ姿に身を包んだリカルドが尋ねる。

「今日、イレーネがあの空き家に行くことは知っているな?」

着替えをしながら問いかけるルシアン。

「ええ、勿論です。昨日の話ではありませんか」

「なら話は早い。リカルド、ここの仕事はしなくて良いから今日は1日イレーネに付き合え。一緒にあの家に行き、片付けの手伝いをするように」

「ええっ!? な、何故私も一緒に行かなければならないのです? 今日は私も大事な用事があるのですよ? 倉庫の茶葉の在庫管理をしなくてはならないのですから!」

「そんな仕事は他の者に任せろ、何はともあれイレーネを最優先にするのだ」

ルシアンはネクタイを締めると、リカルドをジロリと見る。

「何故です!? 第一、イレーネさんは付き添いは不要と仰っていたではありませんか!」

「ああ。確かに彼女はそう言った。だがな……考えても見ろ! あの屋敷……彼女が出ていった後、そのままの状態だったじゃないか!」

「いいえ、そのままの状態ではありませんよ? あの方のドレスや化粧品……私物類は全て持っていかれましたから。残されているのはマイスター家で用意した家財道具一式です」

「屁理屈を抜かすな! そんなことを言っているのではない! もし、万一……いいか、万一だぞ? 彼女の痕跡が何処かに残っていたらどうするのだ! 持ち忘れた私物や何かがあるかもしれないだろう!? それをイレーネに見つかる前に探して処分しろ!」

あまりにも無茶振りを言ってくるルシアンにリカルドは悲鳴じみた声を上げる。

「ええ!? 無茶を仰らないで下さい! そんなことはルシアン様でなければ分かるはずないじゃありませんか! ルシアン様が行って下さい!」

「行けるものならとっくに行ってる! だがな、今日はどうしても外せない商談があるんだ! 今更キャンセルさせて下さい、とは言えない相手なんだよ!!」

「そんな! あまりにも横暴です! どうして私なんですか!?」

何としても引き受けたくないリカルドは必死で首を振る。

「お前以外に誰に頼めるというのだ! この屋敷で働く者はお前以外、誰も彼女の存在を知りもしないのだぞ!」

「うっ! で、ですが……」

思わず言い含められそうになるリカ
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    ――10時半ルシアンとイレーネは、とある場所にやってきていた。「まぁ……! なんて素敵なお屋敷なのでしょう!」イレーネが目の前に建つ屋敷を見て感動の声を上げる。「芝生のお庭に、真っ白い壁に2階建ての扉付きの窓……。まぁ! あそこには花壇もあるのですね!」結局ルシアンはイレーネの言うことを聞いて、リカルドがプレゼントすると約束した空き家に連れてきていたのだ。『ミューズ』通りの1番地に建つ屋敷に……。「そ、そうか。そんなに気に入ったのか?」引きつった笑みを浮かべながらルシアンは返事をする。(くそっ……! もう、二度とこの場所には来たくはなかったのに……まさか、こんなことになるとは……! 本当にリカルドの奴め……恨むからな!)心のなかでルシアンはリカルドに文句を言う。「だ、だがイレーネ。この屋敷はもう古い。しかも郊外から少し離れているし……暮らしていくには何分不便な場所だ。家が欲しいなら、もっと買い物や駅に近い便利な場所のほうが良いのではないか? 俺が新しい家をプレゼントしよう」何としてもこの場所から引き離したいルシアン。けれど、イレーネは首を振る。「いいえ、新しい家だなんて私には勿体ない限りです。この家がいいです。だって……なんとなく生家に似ているんです。私の家もこんな風にのどかな場所に建っていました。何だか『コルト』に住んでいた頃を思い出します」「イレーネ……」ルシアンにはイレーネの姿がどことなく寂しげに見えた。しかし、次の瞬間――「それに、こんなにお庭が広いのですから畑も作れそうですしね!」イレーネは元気よくルシアンを振り返った。「な、何!? 畑だって!?」「はい、そうです。ちょうどあの花壇のお隣の土地が空いているじゃありませんか? そこを耕すのです。最初は簡単なトマトから育てるのが良いかも知れませんね。カブやズッキーニ、パセリなどは育てやすく簡単に増えます。あ、ハーブも必要ですね。バジルや、ローズマリー、それに……」(まずい! このままではまた1時間近く話しだすかもしれない!)指折り数えるイレーネにルシアンは必死で止める。「わ、分かった! そんなにここが気に入ったなら……この家を今からプレゼントしておこう。何しろ次の当主は俺に確定したようなものだからな」本当なら、出来ればこの屋敷をイレーネに渡したくなかった。何故な

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   101話 頭を抱えるルシアン

    「え? 今日1日、私の為に時間を割く……? 今、そう仰ったのですか?」朝食の席で、イレーネは向かい合って座るルシアンを見つめた。「ああ、そうだ。俺は無事に祖父から次期後継者にすると任命された。こんなに早く決まったのはイレーネ、君のお陰だ。あの気難しい祖父に気に入られたのだから」「ありがとうございます。でも私は何もしておりません。ただ伯爵様とおしゃべりをしてきただけですから。ルシアン様が選ばれたのは元々次期後継者に相応しい方だと伯爵様が判断したからです。それにゲオルグ様が失態を犯してしまったこともルシアン様の勝因に繋がったのだと思います」「そうか? そう言ってもらえると光栄だな」元々次期後継者に相応しいと言われ、満更でもないルシアン。「それで、イレーネ。今日は何をしたい? どこかに買い物に行きたいのであれば、連れて行ってやろう。何でも好きなものをプレゼントするぞ。臨時ボーナスとしてな」すると、食事をしていたイレーネの手が止まる。「本当に……何でもよろしいのでしょうか?」真剣な眼差しで見つめてくるイレーネ。「あ? あ、ああ……もちろんだ」(何だ? い、一体イレーネは俺に何を頼んでくるつもりなのだ……?)ルシアンはゴクリと息を呑んだ――****「お呼びでしょうか? ルシアン様」食後、書斎に戻ったルシアンはリカルドを呼び出していた。「ああ……呼んだ。何故俺がお前を呼んだのかは分かるか?」ジロリとリカルドを見るルシアン。「さ、さぁ……ですが何か、お叱りするために呼ばれたのですよね……?」「ほ〜う……中々お前は察しが良いな……」ルシアンは立ち上がると窓に近付き、外を眺めた。「ル、ルシアン様……?」「リカルド、そう言えばお前……イレーネ嬢と契約を交わした際に空き家を一軒プレゼントすると伝えてたよな?」「ええ、そうです。何しろイレーネさんは生家を手放したそうですから。ルシアン様との契約が終了すれば住む場所を無くしてしまいますよね?」「ま、まぁ確かにそうだな……」『契約が終了すれば』という言葉に何故かルシアンの胸がズキリと痛む。「そこで、私が契約終了時にルシアン様から託された屋敷をプレゼントさせていただくことにしたのです。でも、今から渡しても良いのですけ……えぇっ!? な、何故そんな恨めしそうな目で私を見るのですかぁ!?」ルシア

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   100話 浮かれるルシアンと執事

    ――22時「アハハハハ……ッ!」ルシアンの書斎にリカルドの笑い声が響き渡る。「何がおかしいんだ? 俺は50分近くもイレーネの話に付き合わされたのだぞ?」「よ、よく耐えられましたね……今までのルシアン様では考えられないことですよ。あ〜おかしい……」リカルドは余程面白かったのか、ハンカチで目頭を押さえた。「だが、そんな話はどうでもいい。問題だったのはゲオルグのことだ。祖父に呼ばれていたばかりか、イレーネと出会うとは……思いもしていなかった」腕組みするルシアン。「ええ、そうですね。でも噂に寄るとゲオルグ様は頻繁に『ヴァルト』に来ているらしいですよ。特に『クライン城』はお気に入りで訪れているそうです。あの城で働いている同僚から聞いたことがあります」「何? そうだったのか? そういう大事なことは俺に報告しろ」「ですが、ルシアン様はゲオルグ様の話になると機嫌が悪くなるではありませんか。それなのに話など出来ますか?」「そ、それでもいい。今度からゲオルグの情報は全て教えろ」「はい、承知いたしました。でも良かったではありませんか?」「何が良かったのだ?」リカルドの言葉に首を傾げるルシアン。「ええ。イレーネ様がゲオルグ様に手を付けられることが無かったことです。何しろあの方の女性癖の悪さは筋金入りですから。泣き寝入りした女性は数知れず……なんて言われていますよ?」「リカルド……お前、中々口が悪いな。……まぁ、あいつなら言われて当然か」ルシアンは苦笑する。「それだけではありません。あの方は自ら墓穴を掘ってくれました。よりにもよって賭け事が嫌いな伯爵様の前で、カジノ経営の話を持ち出すのですから。しかもマイスター家の所有する茶葉生産工場を潰してですよ!」「ず、随分興奮しているように見えるな……リカルド」「ええ、それは当然でしょう? 私は以前からあの方が嫌……苦手でしたから。その挙げ句に自分の立場も顧みず、図々……散々事業に口出しをされてきたではないですか?」「確かにそうだな」(今、リカルドのやつ……図々しいと言いかけなかったか?)若干、引き気味になりながら頷くルシアン。「ですが、これでもう次期当主はルシアン様に決定ですね。何しろ、ゲオルグ様にはルシアン様の補佐をしてもらうことにすると伯爵様がおっしゃられていたのですよね?」「ああ、そうだ。祖父

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   99話 耐える? ルシアン

     2人はソファに向かい合わせに座って話をしていた。ただし、イレーネが一方的に。「……そうそう。そこで出会った猫なのですが、毛がふわふわで頭を撫でて上げるとゴロゴロ喉を鳴らしたのですよ。あまりにも可愛くて、持っていたビスケットを分けてあげようと思ったのです。あ、ちなみにそのクッキーの味はレモン味だったのでしす。子猫にレモンなんて与えても良いのか一瞬迷いましたが、美味しそうに食べていましたわ」「そ、そうか……それは良かったな……」ルシアンは引きつった笑みを浮かべながらイレーネの話をじっと我慢して聞いていた。(いつまでイレーネの話は続くのだ? もう47分も話し続けているじゃないか……。こんなにおしゃべりなタイプだとは思わなかった……)チラリと腕時計を確認しながらルシアンは焦れていた。早く祖父との話を聞きたいのに、いつまで経ってもその話にならない。何度か話を遮ろうとは考えた。しかし、その度にメイド長の言葉が頭の中で木霊する。『自分の話をするのではなく、女性の話を先に聞いて差し上げるのです』という言葉が……。――そのとき。ボーンボーンボーン部屋に17時を告げる振り子時計の音が鳴り響いた。その時になり、初めてイレーネは我に返ったかのようにルシアンに謝罪した。「あ、いけない! 私としたことがルシアン様にお話するのが楽しくて、つい自分のことばかり話してしまいました。大変申し訳ございませんでした」「何? 俺に話をするのが楽しかったのか? それはつまり俺が聞き上手ということで良いのか?」ルシアンの顔に笑みが浮かぶ。「はい、そうですね。生まれて初めて、避暑地でリゾート気分を味わえたので、つい嬉しくて話し込んでしまいました」「そうか、そう思ってもらえたなら光栄だ。では、重要な話に入るその前に……ブリジット嬢とどのような会話をしたのだ?」ルシアンはブリジットとの会話が気になって仕方がなかったのだ。「え? ブリジット様とですか?」首を傾げるイレーネ。「ああ、そうだ。随分彼女と親しそうだったから……な……」そこまで口にしかけ、ルシアンは自分が失態を犯したことに気づいた。『女性同士の会話にあれこれ首を突っ込まれないほうがよろしいかと思います』(そうだ! メイド長にそう言われていたはずなのに……! ついブリジット嬢と交わした会話に首を突っ込もうとしてし

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   98話 メイド長からのアドバイス

    「イレーネ……一体どういうことなのだ? 俺よりもブリジット嬢を優先して応接室で話をしているなんて……」ルシアンはペンを握りしめながら、書類を眺めている。勿論、眺めているだけで内容など少しも頭に入ってはいないのだが。「落ち着いて下さい。ブリジット様に嫉妬している気持ちは分かりますが……」リカルドの言葉にルシアンは抗議する。「誰が嫉妬だ? 俺は嫉妬なんかしていない。イレーネが、いやな目に遭わされていないか気になるだけだ。ブリジット嬢は……その、気が強いからな……」「イレーネ様がブリジット様如きにひるまれると思ってらっしゃいますか?」「確かにイレーネは何事にも動じない、強靭な精神力を持っているな……」リカルドの言葉に同意するルシアン。「イレーネ様は良く言えばおおらか、悪く言えば図太い神経をお持ちの方です。その様なお方がブリジット様に負けるはずなどありません」メイド長が胸を張って言い切る。「た、確かにそうだな……」この3人、イレーネとブリジットに少々失礼な物言いをしていることに気づいてはいない。「だいたい、ブリジット様の対応を出来るのはこのお屋敷ではイレーネ様しかいらっしゃらないと思いますよ?」「ええ、私もそう思います、ルシアン様。本当にイレーネ様は頼りになるお方です」メイド長は笑顔で答える。「確かにそうだな……。だが、一体2人でどんな話をしていたのだろう……?」首をひねるルシアンにメイド長が忠告する。「リカルド様、女性同士の会話にあれこれ首を突っ込まれないほうがよろしいかと思います。そして自分の話をするのではなく、女性の話を先に聞いて差し上げるのです。聞き上手な男性は、とにかく女性に好かれます」「え? そうなのか?」「はい、そうです。詮索好きな男性は女性から好ましく思われません。はっきり言って好感度が下がってしまいます。逆に自分の話を良く聞いてくれる男性に女性は惹かれるのです」「わ、分かった……女性同士の会話には首を突っ込まないようにしよう。好感度を下げるわけにはいかないからな。そして女性の話を良く聞くのだな? 心得た」真面目なルシアンはメイド長の言葉をそのまんま真に受ける。イレーネとの関係が契約で結ばれているので、好感度など関係ないことをすっかり忘れているのであった。「では、私はこの辺で失礼致します。まだ仕事が残っておりま

  • はじめまして、期間限定のお飾り妻です   97話 ブリジットからの誘い

     イレーネとブリジットは2人でお茶を飲みながら応接室で話をしていた。「それにしても絵葉書を貰った時には驚いたわ。まさかルシアン様のお祖父様が暮らしているお城に滞在していたなんて」「驚かせて申し訳ございません。ですが、お友達になって下さいとお願いしておきながら自分の今居る滞在先をお伝えしておかないのは失礼かと思いましたので」ニコニコしながら答えるイレーネ。「ま、まぁそこまで丁寧に挨拶されるとは思わなかったわ。あなたって意外と礼儀正しいのね。それで? 『ヴァルト』は楽しかったのかしら?」「ええ、とても楽しかったです。とても自然が美しい場所ですし、情緒ある町並みも素敵でした。おしゃれな喫茶店も多く、是非ブリジット様とご一緒してみたいと思いました」「あら? 私のことを思い出してくれたのね?」ブリジットはまんざらでもなさそうに笑みを浮かべる。「ええ、勿論です。何しろブリジット様は素敵な洋品店に連れて行っていただいた恩人ですから」「そ、そうかしら? あなったて中々人を見る目があるわね。今日ここへ来たのは他でもないわ。実は偶然にもオペラのチケットが3枚手に入ったのよ。開催日は3か月後なのだけど、世界的に有名な歌姫が出演しているのよ。彼女の登場するオペラは大人気で半年先までチケットが手に入らないと言われているくらいなの」ブリジットがテーブルの上にチケットを置いた。「まぁ! オペラですか!? 凄いですわね! チケット拝見させていただいてもよろしいですか?」片田舎育ち、ましてや貧しい暮らしをしていたイレーネは当然オペラなど鑑賞したことはない。「ええ、いいわよ」「では失礼いたします」イレーネはチケットを手に取り、まじまじと見つめる。「『令嬢ヴィオレッタと侯爵の秘密』というオペラですか……何だか題名だけでもドキドキしてきますね」「ええ。恋愛要素がたっぷりのオペラなのよ。女性たちに大人気な小説をオペラにしたのだから、滅多なことでは手に入れられない貴重なチケットなの。これも私の家が名家だから手に入ったようなものよ」自慢気に語るブリジット。「流石は名門の御令嬢ですね」イレーネは心底感心する。「ええ、それでなのだけど……イレーネさん、一緒にこのオペラに行かない? 友人のアメリアと3人で。そのために、今日はここへ伺ったのよ」「え? 本当ですか!? ありが

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